お知らせ

2021.3.20 研究

嚢胞腎の形成に関わる新たなしくみを発見
―微小管の異常はなぜ腎臓の異常を引き起こすのか―

早稲田大学理工学術院の戸谷 美夏(とや みか)准教授および佐藤 政充(さとう まさみつ)教授、理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)竹市 雅俊(たけいち まさとし)客員主管研究員(研究当時:高次構造形成研究チームリーダー)らの研究グループは、尿細管が肥大化して内部に水分がたまる病変である嚢胞腎において、微小管結合タンパク質CAMSAP3(カムサップスリー)の変異遺伝子が嚢胞を形成していることを発見しました。
CAMSAP3が変異すると、微小管の整列に異常が生じ嚢胞の形成を引き起こすこと、また老化とともに嚢胞の範囲が拡大していくことを見出しました。本研究成果は、これまでに知られていなかったタイプの嚢胞腎形成のしくみの発見であり、難病に指定されている多発性囊胞腎の予防法や治療法の確立に繋がることが期待されます。

Scientific Reports誌
プレリリース

研究背景

腎臓には多数の尿細管が存在しています。尿のもととなる原尿は、尿細管の中を通る過程で体外に排泄する成分の調整をおこなうことが知られています。尿細管を構成するのは上皮細胞であり、原尿はそれに接する上皮細胞と物質のやり取りをおこないます。
近年、国民病として注目を集める腎臓病の中でも、尿細管が肥大化して内部に水分がたまる病変は嚢胞腎と呼ばれ、腎臓全体に多数の囊胞が形成される遺伝性の病気も知られています。難病に指定されている多発性囊胞腎では、PKD1 、PKD2遺伝子が原因として知られています。これらに変異があると、上皮細胞に生える毛のような構造(繊毛)の形成不全を引き起こし、その結果、尿細管が肥大化することが分かっています(図1)。
尿細管の肥大化は、それを構成する上皮細胞の形が変形して、かつ異常に増殖して起きると考えられます。しかし、尿細管が肥大化する具体的な分子メカニズムは不明な点が多く、PKD1、PKD2遺伝子以外に多発性嚢胞腎の病態に関わる遺伝子があるのかなど、未解明の部分が多く残っています。

研究結果

嚢胞腎の全容を解明して予防・治療方法を確立するために、さらなる基礎研究の重要性が指摘されています。そこで、本研究グループはマウスにおける上皮細胞の研究に取り組みました。
本研究ではまず、上皮細胞内の微小管を制御する因子であるCAMSAP3タンパク質の機能が欠損すると、嚢胞腎に見られる尿細管の異常な肥大化が起きることを発見しました(図1)。これは、これまで知られていなかった新しいタイプの囊胞腎形成のしくみの発見であり、さらには、上皮細胞の微小管が哺乳動物の体でどのような役割をもつのかが明らかになった世界で初めての例と言えます。
これまでにマウスの小腸の研究から、CAMSAP3タンパク質は上皮細胞の内部に形成される微小管を一方向(尿細管の内側から外側への方向)に整列させるために必須の因子であることを、早稲田大学の戸谷 准教授(研究当時: 理化学研究所BDR研究員)・理化学研究所の竹市客員主管研究員らは明らかにしていました。
そこで本研究グループは、CAMSAP3変異マウスでは細胞内の微小管の整列に異常が発生し、これが腎臓における嚢胞の形成を引き起こすと考え、両者の間にどのような因果関係が存在するのかを、マウスの研究から明らかすることを考えました(図2)。その結果、CAMSAP3変異マウスにおいて嚢胞をつくる上皮細胞では、物理的な圧力を感知する「メカノセンサー」と呼ばれる転写に関わる因子YAPやPIEZO1が活性化していることを見いだしました(図2)。
尿が尿細管を通過する際には、その壁である上皮細胞に圧力を与えます。正常マウスでは、微小管がクッションの働きをして圧力を和らげることで尿細管の形状を維持しますが、CAMSAP3変異マウスでは微小管の整列が乱れてクッションの働きができずに、尿から受ける圧力を大きくしてしまいます。その結果、YAP、PIEZO1が活性化され、増殖を促す遺伝子の発現が誘導されて尿細管が肥大化したと考えられます。

社会へのインパクト

今回の研究成果は、細胞内の構造が腎臓の構造を維持するためにどのように働くのかを示した希有の知見であると言えます。本研究グループは、これまで知られていた繊毛の異常に基づく嚢胞の形成とは別に、微小管の整列に異常が生じると嚢胞の形成を引き起こすこと、さらに、その症状は胎子の頃から見られるものの、出生後、老化とともに嚢胞の範囲が拡大していくことを見出しました。ヒトにおいて多発性嚢胞腎が緩徐的に進展することから考えて、CAMSAP3の変異遺伝子はヒトの嚢胞腎を引き起こす原因の一つである可能性があり、予防法や治療法の確立に繋がることが期待されます。
また、年齢とともに症状が顕著になる生活習慣病との相互関連を調べることで、生体恒常性を司るコントロールセンターとしての腎臓の重要性をさらに立証することになると考えます。

今後の展望

微小管がどのように細胞にかかる圧力を感知するのか、さらなる分子メカニズムを追究することで、嚢胞形成のメカニズムを力学的・分子生物学的に記述することができるようになると考えます。既知の嚢胞腎モデルマウスにおいて、CAMSAP3の働きや細胞内の微小管の整列に異常が見られるかを調べることから、既知の嚢胞腎因子との関連性を知ることも重要だと考えます。

図1 正常な腎臓の尿細管(上)と、肥大化して嚢胞を形成した異常な尿細管(下)

図2 CAMSAP3変異マウスの腎臓において尿細管が嚢胞を形成するメカニズム