お知らせ

2021.5.2 研究

壊れたことを知らせてくれて、自然に修復してしまう、生体にも使える材料の開発

体内など直ぐに交換できない場所で使う材料が、破損を検知し自ら修復してくれれば安心です。
土戸 優志 武田研究室 講師

研究背景

宇宙空間や深海などの厳しい環境下で使用される材料や、人工骨のような人工組織や人工臓器など、生物・医学的用途で用いられる材料は、破損が生じると重大な問題を引き起こしてしまいますが、その使用環境から、その場ですぐに修理や交換を行うことは極めて難しい材料です。そこで、物体の破損した部分が自らの力で修復して元通りになる、自己修復材料の開発が大きな注目を集めています。これまでに、生物・医学的な利用を目的とした自己修復材料は、細胞を培養するときに用いるヒドロゲルを中心として多くの研究開発が進められてきました。しかし、人工組織や人工臓器を構成する成分や、それらを保護するようなコーティング剤として利用することが可能な、生体適合性のあるゴム状の自己修復材料はまだほとんどありません。

研究結果

この研究では、超分子的な分子間の相互作用に注目しました。超分子とは、非常に弱い力が分子どうしの間にはたらいてつくられる分子の複合体で、簡単に、すばやく分子どうしが結合したり、離れたりすることができます。つまり、材料が破損して分子どうしの結合が切れても、再び結合して材料が修復される、という戦略です。この研究では、電子豊富なピレン(Py)をもつ高分子と、電子不足のナフタレンジイミド(NDI)をもつ高分子の間にはたらく電荷移動(CT)相互作用という力(図1a)を利用した高分子材料を作製しました(図1b)。この高分子材料に切りこみを入れて材料の修復能力を調べたところ、修復の効率は温度が高くなるにつれて高くなり、通常では難しい水中の環境下でも自己修復の機能をもっていることがわかりました。この高分子材料の表面では、材料の厚さを適切に制御すると、性質の異なる複数の細胞に対して生存・増殖が可能であり、生体適合性があるということも明らかになりました(図2)。

社会へのインパクト

材料に自ら修復する機能をもたせることができると、外科手術による材料の交換回数を減らすことができ、患者の身体的・経済的な負担を減らすことができます。また、化学合成で作製する材料であることから、使用用途は生物・医学的な用途だけにとどまらず広い用途で用いることができます。修復機能によって材料の寿命を延長することが可能で、地球環境にも優しく、低炭素社会の実現にも貢献することができます。このように、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の観点からも期待される材料であると言えます。

今後の展望

ピレン(Py)分子と、ナフタレンジイミド(NDI)分子を1つの分子中に持つ高分子材料は、初めは紫外線を当てても見た目に変化はありませんが、破損した部分に紫外線を当てると、破損部分が蛍光発光することがわかりました。このことから、破損した場所を自ら修復しつつ、修復しきれなくなった場所を自ら知らせてくれてくれるような両方の機能をあわせ持った材料を作り出せると考えており、研究を進めています。

文献

1) K. Imato, H. Nakajima, R. Yamanaka, N. Takeda, Polym. J., 2021, 53, 355-362.
 DOI: 10.1038/s41428-020-00432-4
2) K. Imato, R. Yamanaka, H. Nakajima, N. Takeda, Chem. Commun., 2020, 56, 7937-7940.
 DOI: 10.1039/d0cc03126g