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2022.10.24 研究

RNAの配列と二次構造の生物間保存性に基づく、新規の機能性ノンコーディングRNAの検索 ~約2000種類のノンコーディングRNAの中から機能を持つ未知の遺伝子を探し出す~

大野 悠 (佐藤研究室 博士課程)
片山 研太 (佐藤研究室 卒業生)
大沼 友樹 (佐藤研究室 卒業生)

Nucleic Acids Research誌
プレスリリース
日本経済新聞記事

発表のポイント

 早稲田大学理工学術院(先進理工学部生命医科学科細胞骨格ロジスティクス研究室)佐藤政充(さとうまさみつ)教授と、浜田道昭教授(同電気情報生命工学科)との共同研究グループは、未知のノンコーディングRNA分子を探し出すことを目的として、分子遺伝学実験とバイオインフォマティクスの両手法に基づく複合スクリーニングを開発し、これを用いて、分裂酵母S.pombeがもつ約2,000種類のノンコーディングRNA(non-coding RNA, ncRNA, 非コードRNA)のなかから、細胞分裂における運命決定に関与する新たなノンコーディングRNA遺伝子を発見しました。本研究成果は、新規のノンコーディングRNAを発見する方法論の有効性を実証するものであり、近年注目されている「タンパク質にならずに働くノンコーディングRNA」が作り出す世界の実態解明に貢献するものです。本研究成果は、Oxford University Pressが提供するオープンアクセス・ジャーナル『Nucleic Acids Research』にて、2022年10月19日にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

 細胞のなかで様々な機能を担う「実行因子」は、大部分がタンパク質であるというのが従来の考え方でした。タンパク質を作るための設計図である遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列として情報が記録されており、それが転写されることでmRNA(メッセンジャーRNA)となり、これを翻訳することでタンパク質が作られ、多種多様なタンパク質が細胞内でそれぞれの機能を発揮することで細胞が活動するという「セントラル・ドグマ」の考え方です。それに加えて、近年特に注目を集めているのが、ノンコーディングRNAです。ノンコーディングRNAは、DNAに記録された遺伝子から転写されてRNAになるところまではmRNAと同じですが、その後タンパク質として翻訳されることがなく、あくまでもRNAとして細胞内で機能する「機能性分子」です(図1)。当初、ヒトの細胞の中には約20,000種類の遺伝子が存在しており、その大部分はDNA→mRNA→タンパク質、となって働くものでした。これに対して、近年の発見では、DNA→ノンコーディングRNAとして働くものが別途20,000種類存在するという報告があります。したがって、生命現象はタンパク質のみではなく、実はノンコーディングRNAによっても制御されているといえます。

 しかしながら、現時点でヒトのノンコーディングRNAのうち、機能が解明されているものは1%程度だと言われています。そもそも、すべてのノンコーディングRNAに機能があるわけではなく、多くが特に意味もなく存在するジャンクな存在だという説もあります。そこで、ノンコーディングRNAの機能を明らかにするにあたっては、多数のノンコーディングRNAの中から、何らかの指標をもとに機能を持ちそうなものをあらかじめ選別したうえで、その機能が何であるのかを解明することが重要です。このようなノンコーディングRNA世界の全体像を明らかにすることによって、細胞のなかで、誰がどこで何をしているのかという細胞内「小宇宙」のイメージが歴史的に塗り替えられる可能性があります。

図1 ノンコーディングRNAの仕組みと、新規の機能性ノンコーディングRNAを検索するための方法

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 本共同研究では、玉石混淆とおもえる多種多様なノンコーディングRNAの中から、細胞内で機能を持つ未知のRNAを探し出すことを目的として、新しい手法を開発しました。そして分裂酵母S.pombeをモデル生物として、この手法の実効性を立証しようと考えました。

 本手法は、まず、ゲノムデータベースに登録されたRNAの塩基配列に注目し、さらにRNAが織りなす二次構造にも注目しました。分裂酵母S.pombeとその近縁種(3種類)の生物間で、配列と構造の両方が種を超えて保存されているものをバイオインフォマティクス(生物情報科学)の手法で探し出しました(図1)。

 これは、生物種間で配列・構造保存度の高いノンコーディングRNAは、「重要な機能をもつからこそ生物種を超えてなお保存されている」という分子進化学の考えにもとづいています。そのような保存度の高いRNAを探し出せば、細胞内で機能を有するが未だその機能が知られていないノンコーディングRNAを見つけ出せるというアイデアです。従来の配列のみによる遺伝子検索で探す方法や、特に絞り込まずにすべてのRNA遺伝子を対象として網羅的に実験する大規模な検索方法にくらべて、高度で効率的な候補遺伝子の絞り込みが期待できます。

 本手法で分裂酵母S.pombeがもつ約2,000種類のノンコーディングRNAの中から、比較的長いRNA(長鎖ノンコーディングRNA)であり、配列のみならず、予想された二次構造の類似度が特に高いものなど一定の基準を設けてこれを満たすRNAを検索し、最終的に14種類を選び出しました。これらを1遺伝子ずつ遺伝子ノックアウトする分子遺伝学実験をおこない、ノックアウトにより細胞に異常を示すようなものを探しました。その結果、nc1669と名付けられたノンコーディングRNA(図2)をノックアウトすると、細胞増殖における細胞の運命決定に影響が出ることが分かりました。

図2 本研究で発見したnc1669の予測される二次構造

 分裂酵母の細胞は、栄養源が豊富な環境下では、体細胞分裂を繰り返して増殖します(無性生殖)(図3)。しかし栄養源が枯渇すると、細胞はそれを感知して体細胞分裂周期をやめ、分化をおこないます。これは性分化(有性生殖への移行)と呼ばれます。今回発見したnc1669をノックアウトすると、栄養源が豊富な環境下でも一部の細胞が性分化を開始することが分かりました。すなわち、ノンコーディングRNAであるnc1669は栄養が豊富なときに性分化のスイッチが入らないように保守する分子機構に貢献するといえます(図3)。実際にnc1669ノックアウト細胞では、性分化を促進させる転写因子Ste11の発現が上昇していたため、nc1669はSte11がDNAからmRNAに転写されるのを阻止することで、不要な性分化を抑制しているのだろうと分子機構が見えてきました。

図3 分裂酵母の性分化の概要と、nc1669が性分化を抑制するモデル図

(3)研究の波及効果や社会的影響

 今回の研究成果は、そのままマウスやヒトの細胞に応用することが可能だといえます。これにより、ほ乳類で保存されていて重要な機能を担うノンコーディングRNAを発見することができると考えられます。分裂酵母を用いた今回の成果で、性分化を抑制する新しい分子メカニズムが提唱できたように、ノンコーディングRNAの機能解明は、新しい細胞現象の発見に繋がる可能性があります。さらに近年、一部のノンコーディングRNAはがんなどの疾患に関与することが示されており、がん化のメカニズム解明につながる新規のノンコーディングRNAが発見できる可能性を秘めています。

(4)今後の課題

 分裂酵母のノンコーディングRNAと性分化の関係をさらに追究したいと考えます。たとえば、ノンコーディングRNAであるnc1669は転写因子Ste11遺伝子のDNAまたはmRNAに直接働きかけ、Ste11の転写を抑制することで性分化を阻止している可能性があります。これを検証することで、細胞の分化が、従来の考えにあるようなタンパク質によるものだけではなくて、ノンコーディングRNAが制御することが立証できるといえます。また、高等生物、たとえばヒトなどのほ乳類でも同様のノンコーディングRNA検索を実施することは大きな価値があると考えます。